【数学コラム】「記憶」のはなし。

みなさんはこれまで、いろんなことを覚えたり、学んだりしてこられたことと思います。この「ものを覚える」ことについて、近年研究がかなり進むようになってきました。

一つ、私が「面白いなあ」と思うものに、次のものがありました。人間の頭の中にある知識には、「宣言的(せんげんてき)知識(ちしき)」と「手続(てつづ)き的知識(ちしき)」の2つがある、ということです。

質問なのですが、自転車の乗り方を人にどうやったらうまく伝えられるでしょうか? おそらく「サドルに乗って、足を動かして…」くらいしか言えないはずです。はじめて自転車に乗る人は、この説明だけでは運転できません。自転車に乗れるのだから、人に乗り方を説明できるかというとそうではないのです。でも、きちんとした説明をできなかったとしても、現実には自転車に乗れてしまっているのです。

このように「なぜか知らないけど出来る」ような知識の事を「手続き的知識」といいます。流れの中で体が勝手に動くような知識の事です。一方、「1192年に鎌倉幕府ができた」などと説明できてしまう知識の事を「宣言的知識」といいます。「これは~~です!」と宣言できる知識の事なのですね。

今日やったのは、数学の計算に関する公式です。今日の段階だと「この公式をこう使うと…」という「宣言的知識」の段階です。ですが、公式を使った計算を何度となくやっていると、やがて何も考えなくても解けるようになります。「手続き的知識」に変わったわけです。

数学の勉強をしていると、「パッとみただけで解き方がわかる」ようになるときがよくあります。地道に何度も同じ計算を続けると、自分が何も考えなくてもできるようになる、という喜びに出会えるようになるのです。大切なのは反復練習です。野球の素振りと同じことです。

日々の地味な反復練習こそ、自分を成長させるきっかけとなります。これが数学で学べることの一つなのではないでしょうか? 自分でやることこそ、いちばん力になります。

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