堀江貴文・茂木健一郎『嫌われ者の流儀』小学館

大学時代からずーっと読んでいる思想家に山本哲士がいる。

イバン・イリイチをきっかけに大学院に行ってしまった私にとって、山本哲士は紛れも無く「アジテーター」である。

そんな山本哲士のいう「社会イズム」(SOCIALism)は、社会人になるまでほんとうの意味で理解ができていなかった概念だった。

社会に出て「何か」をしようとすると、必ず反発がある。
「世間」が許さない。
日本ではこの「世間」を「社会」という。

みんながみんな「社会」「人様」「世間」を気にして、やるべきことをやらない(やれない)。
気にするからこそ、「何もしない」。

 

そして日本は何も変わらない。
日本(あるいは世界)はいま「社会」が個人を抑圧する「社会イズム」に陥っている。

山本哲士の主張である。

そんな「社会イズム」を改めて実感したのが『嫌われ者の流儀』だ。

堀江貴文(ホリエモン)と茂木健一郎という現代の「嫌われ者」2人による貴重な対談。(堀江貴文の収監前の対談もある)

いまの世の中、ホリエモンくらい叩かれた「若手」も珍しいのではないだろうか。

それは「世間」を敵に回してでも、自分のやるべきことを全力でやりきった姿の現れでも、ある。

いかにして、「世間」のとらわれ(=社会イズム)から逃れるか?
そのためにはどうすればいいのか?

結局は「強い個」(=ノマド)にならざるを得ない、のだろうなあ。

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